(1ヨハネ4:9)【神はそのひとり子<イエスキリスト>を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを、得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。】
あなたは、神様に愛されています。しかし、全ての人は、【罪と死】という問題を抱えて生きています。
(ヨハネ3:36)【神の御子*イエスキリスト*を信じる者は、だれでも永遠のいのちを持つが、御子*イエスキリスト*に聞き従わない(信じない)者は、いのちを見ることがなく、神の怒りが、(永遠に)その人の上にとどまる。】
あなたは、神様に愛されています。しかし、私たちが、【罪と死】という問題を抱えたままでは、この神の愛を受け取ることができないのです。
キリストは、あなたの【罪】を赦すために、あなたの身代わりとなって、十字架に掛かり、死なれたのです。
そしてあなたの【罪】を葬るために墓に葬られ、そして、あなたが、永遠のいのちと、罪の赦しと、新しい人生を神の子とされた人生を歩むために、3日目に死からよみがえられたのです。
これは、2000年前の歴史・事実です。あなたのために、十字架で、してくださったことです。
これを 一つの歴史として{私には関係のないこととして・・・・}片づけるか、もしくは、この事実は私自身の為だったんだと心に信じて、ありがとうという気持ちで心の中に、受け入れる・・・ここに大きな運命の分かれ道がございます。
イエスキリストの十字架上で流された血は、その犠牲は、あなたを赦すためなのです。
あなたの罪の身代わりに裁きを受けてくださったことの「証し」なのです。
神は、あなたの罪をもはや、お責めになってはおられません。神様は、あなたに「和解」の手を差し出しておられるのです。
神の前に「罪人」と認め、「罪の赦しと永遠のいのち」という、人生最大の神さまからの特別なプレゼントをぜひ、受け取ってください。
キリストを 「わたしの人生の救い主」と心から信じた者だけが、死後の裁きと滅び「すなわち地獄の苦しみ」から救われるのです。
「キリストが、私の罪のために死なれた」・・・これが*救い*です。
今、キリストを、あなたのために2000年前に、十字架上でなされたことを、信じてください。死んでからではおそいのです。死んでからでは、救いのチャンスはありません。
聖書の言葉:「あなたの心のおもむくままに人生をを歩むがよい。しかし、これらすべての事において、死後、人生の一つ一つの歩みにおいて、神の前に出て、申し開きをしなければならず、神の裁きを受けることを知っておくべきである。あなたの若い日に「あなたの創造者:神」を覚えよ。災いの日が来ないうちに・・・」
私たちのこれからの人生で「最も若い日」は、「今」なのです!
先送りにしないでください。私たちには、地震や、事故や病気や様々な状況で・・・明日生きるという保証は、誰ももっていないのですから・・・
最も「若い・今」という時に、 あなたの心の扉をあけて・・・「イエスキリスト」をお迎えし、心に信じてください。
このお祈りを唱えてください。{真実な思いで・・・}
「キリストを信じ、受け入れるお祈り」
「天の神さま。私は、わがままでした。あなたに対して罪を犯し、他の人を傷つけ、そして、自分も傷つきました。
他の神々は、偽物で、イエスキリストこそが、本当の唯一の真の神であることを知りました。
他の神々は、本当の意味で、私を救えず、地獄へ導く存在だと知りました。
イエスキリスト以外に救いはありません。 今まであなたから、背を向けて人生を歩んできた罪を、お赦しください。
こんな私が裁かれて当たり前なのに、罪・汚れのないイエスキリストが、十字架上で、血を流し、私の罪をつぐなってくださり、死後の滅びから完全に救ってくださったことを聞きました。
人生の終わりに、地獄でなく、天国へ行く永遠のいのちをこの私に、プレゼントしてくださり、ありがとうございます。
今、私は、イエス様を、私の罪からの救い主・永遠のいのちの恩人として、あなたを信じ、心にお受入れいたします。
これからの人生をあなたがお導きください。こんな私ですが、どうぞよろしくお願いいたします。アーメン」
イエス様を信じるだけで、あなたは、救われて、新しい人生と、天国の保証が約束されています。
あなたは、イエス様によって、罪赦され、救われています。祝福を心よりお祈りしています。
